リフォームとDIYの基礎知識

住宅改修・補修会社に勤める私が、リフォームとDIYの基礎知識から、生活の知恵・趣味のギターについて書き綴ります

武藤雄樹という男(ベガルタ仙台→浦和レッズ→日本代表まで上り詰めたサクセスストーリー)

time 2015/08/10


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武藤雄樹という男

muto

武藤 雄樹(むとう ゆうき、1988年11月7日 )

神奈川県座間市出身のプロサッカー選手。

Jリーグ 浦和レッドダイヤモンズ所属。

ポジション:FW

利き足:右

 

昨今のサッカー界において「武藤嘉紀」の陰に隠れ「じゃない方の武藤」と言われる男、武藤雄樹。

 

その頭角を一気に現したのは今季(2015年)ベガルタ仙台から浦和レッズに移籍してからです。

 

彼は2011年にベガルタ仙台でプロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせてから4年間、自分の能力を発揮できないまま、燻り続けていました。

 

今回の記事では、長年のベガルタ仙台のサポーターである私が、そんな武藤雄樹を紹介していきたいと思います。

 

ベガルタ仙台時代の武藤雄樹

 

◆衝撃のリーグ戦初ゴール

 

武藤のリーグ戦初ゴールはプロ1年目の2011年10月15日、J1第29節アビスパ福岡戦。

後半途中出場した武藤が、左サイドからのクロスをニアで胸トラップしそのまま反転、倒れこみながら反対サイドのゴールに流し込む。というものでした。

そのゴールへの嗅覚・武藤の風貌は、どことなくかつてベガルタ仙台にも所属した「佐藤寿人」を彷彿させ、このゴールをきっかけに、一気に仙台サポーターの心を掴みます。

 

その証拠に、翌30節川崎フロンターレ戦からは、ずっと封印されていた「伝説のエース・佐藤寿人のチャント」が「武藤雄樹」に継承されました。それ程、仙台サポーターは武藤に大きな期待を寄せていたのです。

 

◆周囲の期待とは裏腹に、ついて来ない結果

 

大卒1年目から、今後の大きな飛躍を予感させた武藤。

 

翌年、2012年ベガルタ仙台は開幕から好調を維持し、リーグ戦を年間2位で終えるという、クラブ史上初の大躍進を遂げました。

 

しかし、その中心に武藤の姿はありませんでした。

 

この年補強された「ウイルソン」と前年からの絶対的エース「赤嶺真吾」の2トップが強力に機能して、武藤はFWとしてこの2人の間に割って入る事ができなかったのです。

 

起用方法は、主に先発の関口訓充か太田吉彰の交代要員。本職のFWとしてではなく、SHでの出場が殆どだったため、2012年での得点は、消化試合となった最終節FC東京戦での1点のみで終わる事になりました。

 

 

2013年は更に状況が悪化。怪我の影響もあり、ベンチに入りすらままならない日々が続きます。そしてこの年も最後までウイルソン・赤嶺慎吾の牙城を崩せぬないまま、年間を通して無得点という武藤にとって屈辱の結果でシーズンを終える事になったのです。

 

◆2014年、眠っていた才能がついに花開きかけた

 

2014年になり、ついに武藤にチャンスが巡ってきます。ウイルソンや赤嶺真吾が怪我やコンディションで調子が上がらない中、武藤が本職のFWで先発起用される機会が多くなったきたのです。

 

才能の片鱗を所々で見せながら、出場機会に恵まれて来なかった武藤に、仙台サポーターは武藤に「魅せてくれ、武藤」と一層の期待を寄せます。

 

しかし、この年の武藤はとにかく「惜しかった」。

 

チャンスに多く顔を出すし、いいシュートは打てる。

 

けど、とにかくゴールが決まらないのです。「惜しい」に終始してしまうんです。

 

ゴールマウス横のペットボトルを倒す技術なら一流。

 

太田吉彰が上げた「あとは点を決めるだけ」という絶妙なクロスも、枠を外す。

 

太田クロス→武藤外す→太田が菩薩の様な顔で武藤に何とも言えない視線を送る。

 

 

というのが2014年のお決まりでした笑

 

太田吉彰 武藤

「武藤、さすがに今のは決めろよ・・・」

 

それでも、キャリアハイとなる年間4得点。練習試合でもガンガン点を決めていたし、仙台サポーターは「来年こそは。」とブレイクの予感を感じずにはいられませんでした。

 

◆突然の浦和レッズへの移籍発表

 

来シーズンの武藤の活躍に期待が高まる中。2014年12月12日、武藤雄樹の浦和レッズ移籍が発表されました。

 

仙台サポーターは騒然とします。

「なんで武藤?!いやいや、絶対活躍できないでしょ!!」

 

「萬代宏樹」や「関口訓充」など、チーム内で絶対的な存在ではない選手が移籍し、目立った活躍できず没落していく例を多々見ていた故、浦和側の獲得目的は「他チームの戦力ダウン狙い」にしか見えませんでした。

 

仙台サポーターのほぼ全員が、武藤の行く末を案じていたのですが・・・。

 

 

浦和レッズで大活躍!!ついにその才能が花開く 

 

 

◆浦和レッズではチームに即フィットし、1stステージ優勝の原動力に

 

仙台サポーターの心配とは裏腹に、武藤は新天地ですぐに頭角を表します。

プレシーズンマッチ、ACL、リーグ戦と着実に出番を増やしていき、リーグ戦6節の横浜Fマリノス戦から、ついにはあの浦和レッズで定位置を掴み取り、以降スターティングメンバーに名を連ねるようになりました。そこからの活躍は皆さんの知る通りです。

 

◆仙台から浦和に移籍し、何が変わったのか

 

そして現在(2015/8/10)J1リーグ23節を消化してゴールは9得点。もはや自身初の2桁得点は約束されているようなものです。

 

仙台から浦和に移籍して、武藤にどのような変化があったのでしょうか。

 

仙台時代よりゴールに近い位置で、それも中央付近でチャンスに絡めるようになった。

 

私が、武藤の浦和レッズへ移籍後、90分プレーしている姿を初めてみたのが、くしくも11節のベガルタ仙台 VS 浦和レッズ戦でした。

仙台時代はFWというよりSH寄りのプレースタイルで、がむしゃらにサイドを掛け上がり、ドリブルで突っかけ、決して上手とは言えないシュートやクロスを連発しているイメージだったのですが、この時見た武藤は仙台時代とはまるで別人。

 

浦和レッズの3-4-2-1のシステムの2シャドーの一角として、前線からの守備はもちろん、ドリブルで惹きつけてからのボールの配給、自ら切りこんでのシュート、思い切った飛び出し、しかも一つ一つのプレーがとても正確で判断のスピードが早い。それは「香川慎司」を彷彿とさせる様なプレーぶりでした。

 

堅守速攻、サイド攻撃を重視している仙台とは違い、浦和は個々の技術が高くボールをポゼッションしながらゲームを組み立てるチーム。ゴールに近い位置で、それも中央付近でプレーする事で、仙台サポーターが思ってもみなかった適正を武藤は発揮していたのです。

 

そして日本代表へ

 

Jリーグでの活躍ぶりを見れば、近い将来日本代表に招集されるのはだれの目にも明らかでした。

そして2015年7月23日、中国で開催されるEAFF東アジアカップ2015に臨む日本代表メンバー23名が発表され、その中に「武藤雄樹」の名前がありました。

 

 

◆日本中に”武藤雄樹”の名を轟かせた代表デビュー戦から2試合連続ゴール

 

東アジアカップで、3試合中2試合先発の機械を与えられた武藤。トップ下のポジションで攻守において存在感を示し、デビュー戦となった北朝鮮戦、続いて先発した中国戦で立て続けにゴールを奪いました。

 

デビューから出場2試合連続ゴールは、13年の東アジア杯で柿谷がマークして以来、史上6人目だそうです。

 

ベガルタ仙台で全国的には無名の選手(大学生の有望選手ではあったが)としてデビューし、長年開くことの無かった 才能の種が、遂に開花した瞬間でした。

 

日本代表の中心選手になれる器は間違いなくある選手 がんばれ!武藤雄樹!!

 

浦和レッズに移籍し大活躍をし始めた当初「なんで仙台時代にもっと活躍してくれなかったんだ」と、素直に応援する気持ちになれませんでした。

 

ですが、日の丸を背負って一生懸命戦っている武藤を見ていると、そんなみみっちい感情を抱いていた自分が恥ずかしくなりました。

 

どうせここまできたのなら、本家武藤にとって代わるくらい大活躍し、W杯に出場する武藤雄樹を見てみたいですね。

 

 

がんばれ!武藤雄樹!!

 

 

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